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ワジリスタン戦争(ワジリスタンせんそう、Waziristan War)は、2004年3月にパキスタン北西部のワジリスタンで発生したアメリカ合衆国が主体となった戦争である。アメリカ軍がパキスタンでアルカーイダの捜索をはじめ、精密爆撃機を爆破させたことで始まる。その後、武装した地元の住民がアルカイダの過激軍に加わり戦争が拡大した。掃討作戦は現在も継続している。 2000年5月にイスラエル首相エフード・バラックによるレバノン占領地域からのイスラエル軍の一方的撤退が実行された。だが、この撤退は国際条約や国連監視団の駐留を含むものではなく、2006年前半には軍備を増強しイスラエルと敵対するヒズボラとイスラエル軍の緊張が高まっていた。 実際2006年5月以降イスラエル北部国境の町キリヤット・シュモネにカチューシャミサイルが打ち込まれている。ヒズボラは国境侵犯攻撃を可能とする為に数年間かけて情報収集を行い、さらにイスラエル軍兵士誘拐作戦に備えて半年間の訓練を行っていた。 ヒズボラの国境侵犯攻撃作戦はイスラエル軍国境パトロール隊の順番がドルーズ兵達に変わる情報を受けて早められた。詰まり、イスラエル軍の内部情報がヒズボラに筒抜けであった。 2006年7月12日午前9時にヒズボラはイスラエル国境付近の町々へ迫撃砲及びカチューシャミサイルを撃ち込み始めイスラエル側に11名の犠牲者を出した。これは、国境侵犯攻撃作戦を可能にする為の陽動作戦である。 5分後、ヒズボラはイスラエル国境を侵犯。偵察中の部隊に向かって対戦車ミサイルを打ち込んだ。この時イスラエル軍兵士3名が死亡。さらに2名を捕虜にしたが、その時点でそのイスラエル軍兵士達が生きていたかどうかは定かでない。しかしヒズボラは、彼らが生きているという偽情報を2年間にわたって流し続け、遺族達を混乱させた。 イスラエル軍は戦車でヒズボラを追いレバノン領内に入るが地雷を踏み4人が死亡。さらに1人が狙撃される。ここに戦争が開始された。 空爆の対象は、FX 支配地である南部の幹線道路、発電所に始まり、継続的にレバノン全土へ拡大し、数日の内にラフィク・ハリリ国際空港も破壊(イスラエルはヒズボラへの支援物資が経由する為とした)、ベイルート港は海上封鎖(理由同)、テレビ局、携帯電話の基地局も攻撃され、レバノンの国家機能は麻痺状態に陥った。また、ヒズボラの拠点とされるレバノンの首都ベイルート南郊、北部のシリアとの国境地帯、東部のベガー高原、南部のスール、サイダなどが攻撃を受けた。 レバノン南部の火力発電所への爆撃で石油貯蔵タンクが破壊され、約1万5千トンと推定される重油が流出し、環境破壊が生じた。 対してヒズボラは、南部からロケット攻撃を行い、イスラエル北部の都市ハイファが被災して死傷者が出た。 IDFは当初、空爆のみでヒズボラを殲滅できると考えていたが、ヒズボラはレバノン市民に紛れており、根拠地も住宅地の中にある上、攻撃のたびに移動する為、予想通りには弱体化せず、かえってイスラエル人がロケット攻撃で死傷する事態となった。このため、地上軍による直接戦闘により、ヒズボラを壊滅させることを決断した。 7月17日、イスラエル特殊部隊が越境して進軍、ヒズボラと戦闘して帰還した。7月22日には地上軍本隊が越境、ヒズボラ支配下にあった南部の2村を占領した。その後もリタニ川以南の占領を進めて進軍した。 7月26日、レバノン南部での停戦監視に当たっていた国連レバノン暫定軍の施設に爆弾が直撃し、中国、フィンランド、オーストラリア、カナダの監視要員ら4人が死亡。 国連暫定軍は、25日午後に施設付近への爆撃が14回あり、4人の捜索活動を行っている間にも空爆が続いたとしている。 国連事務総長のコフィー・アナンは「イスラエルの首相が国連施設への砲爆撃を行わないと保証したにもかかわらず事件が起きてショックを受けている」と声明を発表し、南部レバノンの国連軍司令官がイスラエル軍側と繰り返し接触し、事態を防ごうとしていた矢先だったと明らかにした。 それに対し、イスラエル側は「意図的な攻撃ではない」として、同国のアヤロン駐米国連大使が遺憾の意を表明し国連施設がヒズボラの戦闘に巻き込まれた事を認めた。イスラエルの軍関係者はヒズボラの部隊がイスラエル軍の反撃を避けるため施設から数十メートルの地点でロケット砲を発射したと主張し、国連職員に施設からの退避を求めたと述べた。この件に関して中国政府は激しく抗議し、国連安保理で非難決議を提案したが、アメリカが難色を示し、暗に攻撃を批判す先物取引 声明にとどまった[19]。 7月29日には、全土を空爆する中で、南部を占領していた地上軍が任務完了として引き上げた。 またこの日、アメリカのライス国務長官はレバノンとイスラエルを歴訪して停戦の仲介を提案した。両国政府は好意的に反応したものの、ヒズボラは反発の姿勢を見せた。 また、ヒズボラは射程100kmの新ミサイルを攻撃に使用、ハイファ近郊に着弾した。ヒズボラは攻撃目標を拡大するとした。 7月30日、イスラエル空軍(IAF)はレバノン南部の町カナ(Qana) への空爆を開始、ヒズボラが潜伏すると想われた中心部への2度の空爆で、37人の子ども(うち15人は身体・精神障害児で退避救援を待っていた)を含む56人が死亡、多数の負傷者が出た。 ライス国務長官のレバノン訪問中に起きたこの惨事により、イスラエルは国際的な非難を浴びた。これにより、イスラエルは7月31日に48時間の人道的空爆停止に同意した。しかし、自衛目的の攻撃は続けるとした為、停戦時間中も断続的に空爆を行った。 8月1日深夜から2日にかけ、IDFは特殊部隊によるベッカー高原地域バールベックへの空爆「シャープ・スムース作戦」を実行し、レバノン市民18人が死亡、5人を捕虜とした。 停戦の終了する2日から3日にかけて、レバノン全土に対する空爆を再開した。南部ではイスラエル軍とヒズボラの地上戦が再開され、激しい戦闘となった。 レバノンのシニオラ首相は3日、イスラエル軍の攻撃でこれまでに900人以上が死亡、3000人が負傷し、人口の4分の1の約100万人が避難所生活を余儀なくされていると述べた。 また、死傷者の3分の1は12歳未満の子供だと主張した。同日、世界の子供を支援する英国の非政府組織(NGO)「セーブ・ザ・チルドレン」は、イスラエル軍のレバノン攻撃による死者のうち45%が子供であることを明らかにした。同組織が確認したとする死者数は615人で、子どもが33%を占めているという。 また、同日付の英紙インディペンデントが国連児童基金(ユニセフ)の推計として報じたところによると、100万人近くのレバノン人が避難民となっており、その45%が子供だとした。 8月4日、IAFはカア(al-Qaa、ベッカー高原)へ空爆を行い、シリア人やレバノン系クルド人の農夫33人が死亡した。 一方、ヒズボラ下部組織はティルス周辺から、長距離ロケットによりハデラ(ハイファ地区の町)を攻撃した。IDFは、5日深夜1時、ティルス北部のオレンジ果樹園にヘリコプターで降着、ヒズボラ陣地と見た塀を越えて侵入した。アパートメントの2階を砲撃し、住人数名が負傷した模様である。ヒズボラ兵士との銃撃戦となり、IAF武装ヘリコプターが支援した。これにレバノン軍が地対空ミサイルを発射するが反撃され、地上のレバノン戦車に着弾、レバノン兵数名が負傷した。午前4時にIDFは撤退したが、ヒズボラ7人、レバノン軍兵士1人が死亡、IDFは8人が負傷(2人重傷、6人軽傷)し、ハイファのラムバム病院へ空輸された。 8月5日、フランスのドラサブリエール国連大使は、午後開かれた国連安全保障理事会で、レバノン情勢に関する決議案を提示した。 6日、カタールの衛星テレビ・アルジャジーラは、ヒズボラがイスラエル北部の都市キリヤトシモナにロケット弾攻撃を加え、12人のイスラエル軍兵士が死亡、6人が負傷したと伝えた。 これ以降、ヒズボラによる執拗なゲリラ攻撃により、IDFの死傷者が急激に増加した。国連による停戦案はイスラエル寄りのアメリカと、アラブ寄りのロシア・中国の間で、イスラエル撤兵後にレバノン南部に展開するレバノン国軍と国連レバノン暫定軍が、ヒズボラをどのように武装解除するかで衝突したが、アメリカが採決直前で武力による強制武装解除の案を取り下げ、実質的にヒズボラの兵力は温存されることとなった。停戦案は8月11日に可決、採択された。